連載コラム

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2026年03月03日

なでしこリーグがつなぐ地域の絆~愛されるシンボルを目指して~静岡SSUボニータ

週末の朝がつないだ応援の輪。静岡SSUボニータ「みんなでラジオ体操」が育んだ地域交流

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【地域からの打診がつないだ10年】

土曜の朝6時半、磐田市南交流センターのグラウンドに人の輪ができる。中心は高齢の参加者たちだ。その輪に、静岡SSUボニータの選手がごく自然に混じって体を動かす。

南交流センター前センター長で、現在はラジオ体操の運営ボランティアを務める吉添繁雄氏は「高齢の方々が多い集まりに、若い女子が参加することで活気があふれ、華があります」と語る。

この取り組みは2016年5月1日から毎週続いて習慣化し、回数は690回に達した。今年4月末で丸10年となり、700回を超えていく。地域交流として始まったラジオ体操は、いつしか「応援」へ姿を変え、来場者の増加や横断幕へとつながっていった。

磐田市南交流センターでの「みんなでラジオ体操」にボニータの選手が参加するようになった出発点は、センター側からの一本の打診だった。2016年、当時の南交流センター長だった吉添氏が、地域交流を目的としたラジオ体操への参加について、静岡産業大学に相談を持ちかけた。吉添氏によれば、この取り組みは磐田市が「みんなでラジオ体操」を市内全域で進めようとする流れの中で始まった。

打診を受けた大学側の担当者が、静岡産業大学女子サッカー部と接点のある人物だったことから、協力の依頼はボニータへとつながった。クラブ内では当時の監督やスタッフで検討し、参加を決めたという。クラブ事業本部長の儘下直之氏は当初の位置づけについて、「多くの皆さまにチームを応援し支えていただくにあたり、身近な地域の方たちとの距離を縮められる取り組みと捉えていました」と振り返る。

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一方、吉添氏はスタート当初について、青少年健全育成の趣旨を織り交ぜ、世代間交流の場にすることを模索していたとしつつ、「なかなか難しく、現在では地域交流の場となっています」と語る。行政の後押し、センターの働きかけ、大学とのつながり、そしてクラブ側の判断が重なり、土曜朝の習慣が形になった。

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【横断幕と来場者増が示した週末の積み重ね】

毎回参加するのは、選手が3〜5名ほど。クラブ側は固定メンバーにせず、状況に応じて入れ替えながら参加している。

儘下氏が語るのは、継続の中で見えてきた"応援が生まれるプロセス"だ。当初はボニータというクラブはもちろん、なでしこリーグの認知度も高くない状況でのスタートだった。それでも、トレーニングや試合で頑張る選手たちの姿を見てもらう機会を積み重ねる中で、徐々にチームを応援しようという機運が高まった。

「最終的には試合会場に足を運び応援いただく方たちが増え、ラジオ体操の会場や試合会場で横断幕を掲げていただけるようになりました。結果、ファン・サポーターの方たちが増え、試合会場への来場者増につながりました」(儘下氏)

高齢の参加者は選手との交流を楽しみにして会場に足を運び、選手はその気持ちを「ピッチ上で懸命にプレーし、応援に応える」姿勢を大切にしてきたという。

一方で、関係を近づけすぎない距離感も、長く続ける知恵になっている。吉添氏は今後について「必要な時に相互に絡める関係性があればよいと思う」と話し、「地域のバックアップが必要な時に、クラブ側が気軽に頼める現在のような関係性が維持されていくことが大切だと思います」と続けた。毎週顔を合わせるからこそ、過度な期待や負担を生まず、必要な場面で支え合う。その関係性が、10年の積み重ねを支えてきた。

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【挨拶と会話が観戦のきっかけに】

そして、ラジオ体操の輪は「応援」へと着実に広がっていった。吉添氏は、毎週顔を合わせる中で起きた変化をこう語る。

「親しみが湧き、選手との会話が楽しみになったり、試合を見に行こう・応援しようという機運が高まり、ラジオ体操がきっかけでファンクラブに入った方も多くいると思います」

応援の起点は、サッカーの知識や華やかなイベントではなく、顔見知りとしての親しみだった。吉添氏自身も、ラジオ体操で一緒に活動するようになったことがきっかけで、試合を観戦に行くようになったという。毎週の習慣のなかで交わされる挨拶や短い会話が、スタジアムへ向かう動機に変わっていった。

吉添氏は、クラブの現在地を「市内全体としては、J2ジュビロ磐田・ラグビー静岡ブルーレヴズと合わせ、磐田市が誇るチーム」と位置づける。南地区では横断幕を掲げて勝利を願う有志のサポーターも増え、ファン感謝デーを楽しみにする声も多いという。ボニータは、地域にとって「なくてはならない存在」になり、ラジオ体操のつながりは、スタンドの景色も変えつつある。その支えに応えるように、クラブ側は消防団応援大使などの地域貢献にも力を注いでいる。

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【「頑張ってね」が原動力に】

その変化は、選手自身にも、確かな手応えとして返ってきている。当初、観客席の顔ぶれは保護者や友人などが中心だったが、ラジオ体操を通じた地域交流活動によって地域の人々へと応援の輪が広がり、選手自身がピッチに立つ意味を少しずつ変えていった。

三輪玲奈が初めてラジオ体操に参加したのは大学1年のとき。20人ほどの集まりを想像していたが、実際は予想をはるかに上回る人数で驚いたという。そこから積極的に参加を続けてきた理由は、毎回の小さなやりとりだった。

「寒い日でも、参加者の皆さんと顔を合わせて一緒に体を動かすと元気をもらえます。『頑張ってね』『応援に行くよ』と声をかけてくださる方もいて、それが参加し続ける原動力になっています」

ボニータのTシャツを着て体操に参加してくれる人がいれば、試合会場まで足を運び、横断幕を掲げてくれる人がいる。毎年、手紙や編み物のプレゼントを届けてくれる人もいる。

「嬉しかった出来事の1つは、エスコートシニアとして普段ラジオ体操でご一緒している方と入場できたことです」

ピッチへ向かうその瞬間にも、土曜の朝に積み上げた関係が寄り添っていた。

「身近な存在として応援していただけることに対して結果で応えたいという気持ちが強くなり、責任感も強くなりました」と三輪は言う。


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【"地域交流のモデルケース"として、次の10年へ】

儘下氏は、この10年を「モデルケース」として捉える。

「ボニータの理念や様々な取り組みが人々の生活や文化に影響を及ぼすことができれば、『愛されるシンボルとなるクラブ』になれると思います。このラジオ体操を通じた地域交流活動をモデルケースとして、更に多くの輪をつくり続け、女子サッカーの認知度やボニータを応援いただくファン・サポーターの皆さんが増え続けてほしいと思っています」

ラジオ体操は派手なイベントではない。しかし、10年をかけて700回へと活動回数が積み上がる中で、クラブや選手の存在は地域の日常に溶け込んでいった。ボニータが次の10年で見据えるのは、活動の規模を膨らませることではなく、地域との接点を増やし、応援の入り口をさらに増やしていくことだ。そうした接点が増えることで、クラブは地域の"愛されるシンボル"として定着していく。なでしこリーグが掲げる理念も、その延長線上にある。

文=松原渓(スポーツライター)

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