連載コラム

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2022年04月15日

未来へ走るなでしこリーガー 第3回 川尻 真由(朝日インテック・ラブリッジ名古屋・MF)

1989年、JLSL(日本女子サッカーリーグ)は女子サッカーの国内トップリーグとしてスタートし、「L・リーグ」、そして2004年から「なでしこリーグ」と名称を変えて歴史を刻んできた。名称やクラブ数が変わっても、変わらなかったものもある。高い競技力と、どんな時もサッカーを続けようと努力するひたむきさだ。「なでしこ」に込められた原点ともいえるその魅力を改めて探る連載、「未来へ走るなでしこリーガー」もシーズンと同時進行する。

第3回は、学生や社会人と、プレーヤーの多様性を持つリーグでも、まだ少ないママフットボーラーの奮闘ぶりを取り上げる。「朝日インテック・ラブリッジ名古屋」のMF、

川尻真由(24)は、出産後の復帰に悩みながらも、今季第3節(4月2日)に出産から3年をかけて、ついにピッチに立った。子育てとの両立に走る忙しい毎日、だからこそ味わう充実感、その両方を楽しそうに話した。

(連載担当・スポーツライター増島みどり、敬称略)

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ー3歳の長男と一緒に踏み出した、新しい一歩ー

新年度に入った日、川尻は2日に行われる「C大阪堺レディース」との一戦を前に、3歳の息子に大切な話を打ち明けなくてはならなかった。

3月26日の2節、ホーム(名古屋市港サッカー場)で行われた「ニッパツ横浜FCシーガルズ」戦でベンチ入りし、4月2日のアウェーでは磯村健監督が遠征メンバーに川尻を加えた。2019年2月の出産後、サッカー選手として迎える再デビューは、息子にとってのデビューとなる保育園の入園式と重なった。

でも、ママは決めた。

「ゆっくん、サッカーに行ってくるね」

もし泣かれたらどうしよう、と不安になる間もなく、ゆっくんは力強く言った。

「うん、かか(お母さん)、サッカーがんばってね」

あとは、川尻のお母さんが入園式から全てを「司令塔」として世話してくれた。そして後半9分、MF・江﨑杏那と交代し、妊娠中を含めれば実に約4年ぶりに憧れのピッチに立つ(試合は2ー2で引き分け)。喜びや感動に浸るよりも、トップレベルで戦っていくための課題を、ワンプレー、ワンプレーごとに改めて発見するような36分間だったという。

「彼にも、親子にも一生に1度の大事な入園式に、私はサッカーを選びました。でも、両親やチームみんなに支えられ、離れてはいましたが、息子と一緒に'初出場'ができたんだ、新しい道を歩き出したんだって、自分の出場以上にうれしくなりました」

カムバックを終えた2日後、そう言って声を弾ませた。

ー身近になかった前例を模索し、300回の腹筋を続けるー

妊娠が分かった時は、「静岡産業大学磐田ボニータ」に在籍しており、水分も受け付けないため点滴を受けるほど、ひどい「つわり」に苦しんだ。さらに、当たり前のように毎日触れていたサッカーから離れたのも一因だったのか、精神的な落ち込みも経験した。出産は無事に終えたが、そうした状況で競技に復帰しようなどとは思えなかった。

そんな時、幼稚園でサッカーを始めて以来、ずっと「サポーター」でいてくれた母からの何気ない一言に、背中をそっと押される。

「真由がサッカーをしている姿をもっと見たい。子育ては手伝うからやってみたら?」

心のどこかで、復帰なんてもう無理だろう、と封印しかけたサッカーへの情熱に明かり が灯されたようだった。

「母が、子育てを手伝うとかけてくれた、お言葉にすっかり甘えさせて頂いて・・・そこからもう一度やってみよう、と本気で考えました」

「お言葉」と、ユーモアを込めて、両親のサポートに感謝を表す。しかし、出産を経てトップリーグに復帰する例は身近にはなく、どうすればいいのか全く分からなかった、と当時を振り返る。母親として、お母さんの手厚いサポートを受けられるが、アスリートとして、難産に耐えた体を回復させる方法が見つからなかった。

出産から1年半が過ぎた20年12月、地元・愛知県春日井市などを拠点に、多くの選手を輩出してきた「FCフェルボール」に、女子を指導するコーチ兼選手として加入するチャンスをもらう。

中学時代、ラブリッジの前身である「名古屋FCレディース」に所属していた縁から、先ずはラブリッジの練習生を目指してスタートする。しかし「思っていた以上に体力、筋力が落ちていて、笑っちゃうほど動けなかった」と、スタートダッシュ1本だけでもう走れなかったと思い出す。

出産を経験した選手の多くが、出産時のダメージ、特に骨盤のズレなどで復帰に苦しむ。WEリーグで先陣を切るDF・岩清水梓(35=日テレ東京ヴェルディベレーザ)も、「復帰は本当に手探りだった。身体の変化を受け入れ、改めて鍛え直すプロセスが大変だった」と話している。

現在は、女性アスリートのキャリア支援で様々な支援は行われているが、広く知られているわけではなく、股関節を痛めたり、重い腰痛を抱える例は少なくない。

しかし情報は不足していたものの、川尻にはそれを補い、上回るサッカーへの愛情があったのだろう。専門家が、出産後のトレーニングとしてこんな無謀なチャレンジを勧めるかどうかは別として、体幹を鍛え直すため腹筋300回を毎日続けた。

「ラブリッジの練習生になり、そこからチームの一員にならなければと、もう毎日が崖っぷちで、やるしかない、と必死でした。そういう毎日で、自分が、どれだけサッカーが好きで、そのためなら何でもやっちゃうんだ、とも気付きました」

体力が少しずつ戻ると同時に、自分を温かく受け入れ、息子を可愛がってくれるチームメートの支援も励みに、21年8月、正式にチームに登録された。

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ー母親、サッカー選手、幼稚園での仕事 3足のわらじを履きこなすー

現在は週2回、幼稚園で「運動あそび教室」を担当しており、子育て、なでしこリーガー、勤務と忙しい毎日を送る。

6時前に起床するが、離れるのを嫌がり、辛い思いをさせないため、息子はあえて起こさずに静かに家を出る。8時半から2時間ほどのトレーニングを終えると、幼稚園に出勤。買い物や雑用を済ませて帰宅してから、近所の公園を必ず2人で散歩する大事な時間を欠かさない。食事、お風呂、寝かしつけて一日を終える。

「皆さんに支えられて今の私がある。なでしこリーグにも、サッカーをやっている母親がいると知ってもらえたら。そして将来は、復帰を目指す選手の支援が何かできればと願っています」

4月2日、堺と春日井で「同日デビュー」を果たした親子の次の目標は、2人で一緒にピッチへの入場行進をすること。それを叶えるための先発出場を目指して、川尻はピッチと、子育てに走り続ける。

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川尻 真由 プロフィール
1997年5月10日生まれ 愛知県出身 ポジションMF
JAPANサッカーカレッジレディース→静岡産業大学磐田ボニータ→2021年よりNGUラブリッジ名古屋(現・朝日インテック・ラブリッジ名古屋)所属
リーグ戦初出場:2013年4月29日 15歳354日

写真提供=朝日インテック・ラブリッジ名古屋
朝日インテック・ラブリッジ名古屋チームURL=http://www.nadeshikoleague.jp/club/nagoya/

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