連載コラム

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2025年10月22日

なでしこリーグがつなぐ地域の絆~愛されるシンボルを目指して~スペランツァ大阪

スペランツァ大阪と南花台「クルクル」が生む地域の新しい風景


【暮らしの足を守る『クルクル』と女子サッカーの出会い】

大阪府南部に位置する河内長野市南花台(なんかだい)は、緑豊かな高台に広がるニュータウンだ。人口減少や高齢化が進むなか、地域住民の暮らしを支える新しい移動手段として誕生したのが、地域主体で運営されるモビリティサービス「クルクル」である。買い物や通院、習い事への移動など、子どもから高齢者まで誰でも利用できる日常生活の"足"として欠かせない存在になっている。

南花台は楕円形の地形の中央を縦断するようにバス路線が走っており、最寄りの交通や施設まで数百メートル歩かねばならない住民もいる。数字だけ見れば短距離でも、高齢者や子育て世代には負担となる。その「最後の数十メートル」を埋める存在として「クルクル」は走っている。

この「クルクル」に、スペランツァ大阪の選手が添乗員として加わったのは2024年11月のこと。2022年に河内長野市とホームタウン協定を結び、2024年からはクラブの活動拠点も同市へと移された。2026年には新スタジアムの完成が予定されるなど、街とクラブの結びつきは日に日に強まっている。「クルクル」添乗活動は、その象徴的な取り組みといえる。

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クラブ営業部長の梅本直也氏は、「クルクル」との協働の始まりをこう振り返る。

「市役所の方から『クルクルの添乗員が不足しているのでお手伝いできませんか』と声をかけていただいたのがきっかけでした。南花台はスタジアム建設予定地でもあり、クラブとしても街と一緒に歩んでいきたいという強い思いがあります。クルクルは地域の象徴的な存在なので、関わらせていただくことは非常にありがたいことだと感じました」

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【ユニフォーム姿の添乗員がつなぐ笑顔】

南花台ショッピングセンターの案内所から出発する小型モビリティ「クルクル」に乗り込むと、前方の座席前にはスペランツァ大阪の選手紹介パネルが掲げられている。買い物袋を抱えた高齢者、病院に向かう住民、放課後の子どもたち。そんな日常の風景に、ユニフォーム姿の女子サッカー選手たちが自然に溶け込んでいる。

「クルクル」の運行形態はユニークだ。月曜と木曜はタクシーのように目的地に応じて利用できる「オンデマンド運行」、金曜(10月以降は土曜)は、自動運転による「定時定ルート運行」が設定されている。

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そうした中で、毎週木曜日の午後には練習を終えた選手たちが添乗員として利用者をサポートする。「クルクル」の案内所と同じ建物内にクラブの事務所があり、新スタジアム予定地もすぐ近くにあるため、買い物客や利用者にもクラブの存在は着実に浸透している。乗車できるのは荷物も含めて最大4~6人ほど。選手が乗降時の介助を行ったり、利用者と会話を交わしたりすることで、移動の時間は交流の場となっている。

「選手が試験的に添乗した時から、『スペランツァの選手が来たんだ!』と地域の方々はすぐに気づいてくださったんです。初めてのことで選手は戸惑いもあったと思いますが、『頑張ってね』とか『今度試合行くよ』と声をかけていただき、日常的な会話が広がっていました」

梅本氏はこう手応えを振り返る。そこから活動が本格化し、今では地域の暮らしを支える一部として定着している。

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【ピッチを越えて広がる学び】

実際に添乗員を務める上西可奈子の実感は率直だ。選手にとっても、新たな学びの場になっていることが伺える。

「ちょっとした会話の中でチームを知ってくださっている方がいたり、『頑張ってね』と声をかけてもらえたりすると励みになります。クルクルに乗るのは週に1回で、時間も一枠だけなので、その時に乗られたお客さんは喜んでくださいますね」

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ピッチとは異なる緊張感の中で、移動の安全や安心に気を配りながら、利用者一人ひとりに寄り添う丁寧さが求められる。そうした体験は、サッカー選手としての日常では得にくいものだ。梅本氏も、そこで垣間見える選手の変化に驚かされたという。

「普段あまりコミュニケーションが得意ではない選手が、クルクルを通じて地域の方と積極的に話していることに驚きました。学校帰りの子どもたちに手を振ったり、利用者と笑顔で会話したり、選手の新しい一面を発見できています」

地域との接点が増えることで、自分のプレーへの意識も変わってきたと上西は明かす。

「この前の試合を見たよ、と結果を気にかけてくれる人もいて、応援してくださる方がこんなにいるんだなと実感しますし、責任感も増します。サッカーを知らない人でも、クルクルをきっかけにチームを知ってもらえるのは嬉しいです」

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【地域が感じる"若返り"効果】

南花台モビリティー「クルクル」の運営に携わる内山良一氏は、その光景を思い浮かべて目を細めた。

「最初は練習後で選手の皆さんが疲れているのではないか、慣れない仕事でストレスにならないかと心配しました。でも、選手が乗ると、利用者の方々が『昔を思い出して若返るね』とおっしゃるんです。小さい子どもが外から手を振ると、選手たちも手を振り返す。その様子を見て、保護者からも『この間は手を振ってくれてありがとう』と声をかけてもらえる。選手が乗ってくれることで、皆さんの心が動く場になっています」

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生活インフラとスポーツの融合は、行政側にとっても新しい試みだ。一見かけ離れた分野に見えるが、単に利便性を高めるだけでなく、人々の心に温かなつながりを生み出した。この活動は移動の"距離"だけでなく、地域の高齢者や子育て世代との"心理的な段差"も埋める存在となっているのだ。

スペランツァ大阪にとって、こうした活動は単なる社会貢献にとどまらない。試合で勝利を目指すだけでなく、地域に根差し、日常の生活に必要とされる存在となることが、クラブが存続し、発展する基盤になる。地域に「応援する理由」を持った市民が増えれば、自然と観客動員やスポンサー収入、ひいては競技力向上にも結びついていく。梅本氏は、ホームタウン活動の意義をこう強調する。

「クラブ理念には『サッカーを通じて夢と希望を育み、地域社会に貢献する』ことを掲げています。河内長野市や内山さんたちの所属する『クルクル』と共同で、南花台の暮らしに寄り添う活動をもっと広げていきたいです」

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【暮らしに根づくクラブの未来図】

上西は「クルクル」添乗活動の未来図について、「街で見かけただけでも声をかけてもらえるぐらいになれれば」と語る。活動の範囲を広げ、河内長野市全域での認知度を高めていくことが次の目標だ。内山氏も期待を寄せる。

「練習や試合があるので無理はお願いできませんが、地域の人が『試合を観に行こう』『応援したい』と言ってくれるようになりました。街全体でクラブを応援する空気が広がっていると感じるので、長く続けられる活動にしていきたいです」

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高齢化が進む社会において、スポーツクラブが移動支援という生活課題に寄り添う意義は大きい。スペランツァ大阪の「クルクル」添乗活動は、その点でも全国的に稀有な実践例と言える。勝敗を超え、街の風景の一部として息づく女子サッカー。その風景はなでしこリーグが持つ社会的価値を映し出しながら、スペランツァ大阪が河内長野市の生活に溶け込み、地域にとってかけがえのない存在となっていく未来を描いている。

文=松原渓(スポーツライター)

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