連載コラム

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2022年01月13日

日本全国なでしこリーグの街を訪ねて 岡山湯郷Belle編

プレナスなでしこリーグ2014 レギュラーシリーズを優勝。当時は、なでしこジャパン(日本女子代表)の中心選手が所属し、日本女子サッカー界の強豪といわれたチームが岡山県にあります。岡山湯郷Belleです。現在の岡山湯郷Belleは、なでしこリーグ2部で戦っています。
湯郷温泉旅館協同組合に組合員登録している旅館は10軒。そんな小さな温泉街の近くにあるスタジアムに、超満員4,958人を集めたこともあり、数々の伝説を持っているチームです。今も湯郷温泉では「がんばれ湯郷ベル」と染め抜かれたのぼりが静かに風になびいています。今回は山間の名湯を訪ね、「あの頃」から岡山湯郷Belleを応援している3人のお話をお聞きします。

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冬の朝は霧に包まれる湯郷温泉

旅館の女将さんがチームを育てていった
湯郷温泉女将の会会長 峯平滋子さん

「美作市に女子サッカーチームを作ろう」と、岡山県県美作県民局(振興局)から相談され「え、サッカー選手って女の子おるんですか?と、質問したのが最初です。」と、話を切り出してくれたのは湯郷温泉女将の会会長の峯平滋子さんです。チームが誕生したのは2001年でした。湯郷温泉のすぐ近くにある岡山県美作ラグビー・サッカー場をホームスタジアムとして、女子サッカーチームを立ち上げようというのです。
そして、湯郷温泉の人々が「あの頃」と呼ぶのは2010年代のことです。

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湯郷温泉女将の会会長 峯平滋子さん (※撮影時にマスクを取りました。)

温泉街には選手が食べるところも寝るところもある。湯郷温泉女将の会が協力し、とんとん拍子で話は進み、若い人材が少なかった湯郷温泉に、女子選手が20人以上も転居。街の雰囲気は、みるみる変わっていきました。
当時、行われていた選手の「ごはん会」は、選手全員がホテル・旅館を訪れて一緒に夕食をいただく会。担当するホテル・旅館は毎回変わり、創意工夫をして、選手に食事を振る舞いました。
「うちでは懐石を出しました、うちは鍋を出しました。あの選手は鰻が嫌いですからって帳面に書いて(既に担当したホテル・旅館から)回ってきた。担当する従業員さんは選手と接点が生まれるから、みんな岡山湯郷Belleのファンになっていくんよね」

そして「あの頃」......FIFA女子ワールドカップドイツ2011当時、岡山湯郷Belleには宮間あや選手と福元美穂選手が所属していました。なでしこジャパン(日本女子代表)は世界を舞台に戦いました。
「アナウンサーが守護神・福元、所属は岡山湯郷Belleって言ってくれるから、みんな嬉しゅうてテレビに釘付けでした。私らが全国女将さんサミットに出て行って『湯郷温泉から来ました峯平です』と言うと『湯郷って宮間がおるところ?サッカーが有名じゃろ』とみんなが言ってくれました」
2011年7月24日に、温泉街は大混乱していました。宮間あや選手と福元美穂選手が世界制覇の凱旋パレードを行ったのです。小さな街は人で埋め尽くされ、手作りの紙吹雪が舞う中「おめでとう!」「ありがとう!」と祝福の言葉が飛び交い、1200年続くといわれる湯郷温泉が始まって以来の人出の中を、2人はゆっくりと前に進みました。湯郷温泉女将の会は、このパレードの実現に尽力。峯平さんは、このパレードを一生の思い出だと言います。

今、岡山湯郷Belleはなでしこリーグ2部を戦っています。峯平さんは「あの頃」を懐かしみながら、こう言いました。
「そりゃ前のようにとにかくBelleは強くないとみんな応援に乗ってこないと思うから、また勝っていくチームにしてほしいですよ」
峯平さんは、再び、この温泉街で凱旋パレードを開催できる日の到来を、今も願っています。

選手が集いファン・サポーターが語り合う店に
ゴンベ(軽食・喫茶)上原寿子さん

「先日、福ちゃんが50周年のお祝いに来てくれました」
ゴンベは湯郷温泉にある軽食・喫茶。選手のインタビュー記事でも、よく話題に上る店です。上原寿子さんが、この店を始めて50年が経ちました。上原さんには、これまでに岡山湯郷Belleでプレーした多くの選手から、写真や動画でたくさんのお祝いメッセージが届き、その一部は、店内の壁に掲出されています。ゴンベは、岡山湯郷Belleの熱心なファン・サポーターならば誰もが知っている、選手とファン・サポーターの憩いの場なのです。

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選手からのお祝いのメッセージの前で ゴンベ 上原寿子さん

2012年8月11日、湯郷温泉は、再び賑わっていました。なでしこジャパン(日本女子代表)がロンドン五輪で準優勝し、宮間あや選手と福元美穂選手が凱旋したのです。宮間あや選手は「今、やりたいこと」を報道陣から質問され「温泉に入りたい」と答えました。湯郷温泉の人たちは、この「名セリフ」を今も話題にします。福元美穂選手は、いち早く、上原さんに銀メダルを見せに来てくれました。なでしこジャパン(日本女子代表)が好成績を挙げ、岡山湯郷Belleが全国区のチームになると、たくさんの人たちが湯郷温泉を訪れるようになりました。
「毎週来られるサポーターさんがおられて『あんたどこから?』って聞いたら横浜からって言われて。えぇ!って聞き直しました。北海道や鹿児島からも来られる人がいましたからね、その時分は」

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静かに営業していくはずだった温泉街の軽食・喫茶と、上原さんの人生が岡山湯郷Belleでガラリと変わりました。ゴンベは、連日の大繁盛になりました。選手のために、格安な特別メニュー等を出したこともあります。上原さんは、美味しくてボリュームある食で選手を支え続けました。

「湯郷のラサみたいな良い場所はないと思う」
上原さんは、そう言います。ラサとは岡山県美作ラグビー・サッカー場のこと。ラグビーとサッカーの頭の文字を繋げて、地元の人はラサと呼ぶのです。ファン・サポーターは温泉街からゴンベの前を通って坂を登ってラサへ向かいます。そして、試合が終わると、再びゴンベへ戻ってきます。「あの頃」は、試合がない日でもラサの芝生だけを見学するために坂を登っていく人がたくさんいたそうです。
「感謝です。本当に。最高に感謝です」
上原さんは、選手をはじめとする湯郷温泉の人々のために、51年目の今日も変わらず料理を作ります。お勧めの料理は福元美穂選手の好物を組み合わせた「福ちゃんセット」です。

ここに来て応援するのがみなさんの楽しみになっている
美作市企画振興部スポーツ振興課 課長 坂元省吾さん

坂道を登り、温泉街から離れるとラサ(岡山県美作ラグビー・サッカー場)が見えてきます。ラサのある美作市総合運動公園は、各種チームの温泉合宿にも活用されており、第32回オリンピック競技大会(2020/東京)ではラグビー7人制の男女米国代表がトレーニングを行いました。施設を管理しているのは美作市です。メインスタンドの下に、美作市企画振興部スポーツ振興課の事務所があります。

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美作市企画振興部スポーツ振興課 課長 坂元省吾さん(※撮影時にマスクを取りました。)

美作市企画振興部スポーツ振興課 課長の坂元省吾さんは、以前、美作市の総合計画や総合戦略を策定する部署で勤務していました。美作市の戦略の中で岡山湯郷Belleは重要な存在だったと話してくれました。岡山湯郷Belleが活性化すると地域に良い影響が出るというのです。美作市は岡山湯郷Belleを核にした共同体のような自治体だと、坂元さんは感じていました。

坂元さんの「あの頃」の思い出は『列車に乗って岡山湯郷Belleの応援に行こう!!』応援列車イベントです。試合の日に岡山駅と姫路駅から応援列車を走らせたのです。これが大盛況。本来は岡山駅から2両編成の路線なのですが、倍の4両編成で運行しました。
「松山や東京から、わざわざ岡山駅発の列車に合わせて来てくださる方がいました。広い地域の方が岡山湯郷Belleを応援してくれているのだと感じました」
最近でも、美作市企画振興部スポーツ振興課の主催するサッカー教室に岡山湯郷Belleの選手やコーチが参加しています。子どもたちは、選手たちと一緒に喜んでプレーしています。坂元さんは、岡山湯郷Belleの地元に定着した人気を感じます。そして、コロナ禍で気がついたこともあります。
「サポーターは高齢の方が多いです。コロナ禍で無観客試合が多く、なかなか観戦していただけなかったのですが、9月以降に何回か有観客で試合を開催することができました。『久々にスタジアムに来られた』と言っておられ、ここに来て応援することをいつも楽しみにしている高齢の方がいらっしゃることが分かりました。応援は、みなさんの健康づくりの一つにもなっているのかもしれない。生活の中に岡山湯郷Belleが根付いていますね」
ラサ(岡山県美作ラグビー・サッカー場)は湯郷温泉のすぐ近くにある素晴らしい施設です。「たくさんの方に来ていただいて岡山湯郷Belleの選手と触れ合ってもらうことができたら嬉しいです」と坂元さんは話します。そして、いつもピッチを最高のコンディションに保って、選手を迎え入れています。

湯郷温泉に「あの頃」の熱気が戻ってくるには、まだ少し時間がかかるかもしれません。それでも、この街では、岡山湯郷Belleをずっと愛し続ける人たちが、日本全国からの来訪客を待っています。
今回は岡山湯郷Belleのホームタウン・岡山県美作市の皆さんを訪ねました。

Text by 石井和裕

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