連載コラム

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2021年12月23日

日本全国なでしこリーグの街を訪ねて JFAアカデミー福島編

JFAアカデミー福島は、2006年4月、福島県双葉郡楢葉町に開校しました。2015年からは静岡県裾野市の帝人アカデミー富士で活動しています。2011年3月11日の東日本大震災により移転したからです。全国から集まった中学生・高校生の選手たちは、家族から離れ、どのような人々に囲まれて毎日を過ごしているのでしょうか。今回は、静岡県裾野市と三島市を訪ねてみましょう。

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帝人アカデミー富士

生徒は健やかに頑張っています
福島県立ふたば未来学園高等学校 三島長陵校舎 安田道隆さん

安田道隆さんは福島県中通りの二本松市ご出身。福島県内で教員をしていました。福島県の教員なので普通は福島県内の学校に勤めます。しかし、ある日、電話がかかってきました。「異動先は静岡県の三島市なのだけれど、どうだ」......唐突に聞いた福島県外の地名に戸惑いました。
「即答はしなかったですよ。10秒くらい考えて『行きます』と返事をしました」
安田さんは、2016年に福島県立ふたば未来学園高等学校 三島長陵校舎へ赴任し、JFAアカデミー福島の選手と毎日を過ごす生活が始まりました。

福島県立ふたば未来学園高等学校 三島長陵校舎は福島県立ふたば未来学園高校のサテライト校舎。静岡県立三島長陵高等学校内に設置されています。場所は、新幹線の停車駅・三島駅の目の前。JFAアカデミー福島の選手(高校生)は、ここで学んでいます。

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安田道隆さん (※撮影時にマスクを取りました。)

「真面目な子が多いです。サッカーをしているときとは違い、教員や男子とは、なかなか喋らない自己主張が控えめな生徒もいますね。言われなければサッカー選手と分からない普通の女子高生です。健やかに頑張っています」

意外なことに、日頃、生徒のプレーが教職員の間で話題になることは少ないのだそうです。ただ「今日から●●さんはいません」と、職員室で生徒の不在を事務連絡すると、それは、その生徒が年代別代表に選出されたことを意味するので、教職員の間でどよめきが起こります。

安田さんは担任として「生徒の様子を見るために試合会場によく行く」とのこと。試合は、生徒の課外活動に相当するので評価を書かなければならないのです。
「応援というよりも仕事の比重が高いです。でも、素晴らしいプレーが出たときは喜びます(笑)」
あくまで仕事として試合を見ていると強調する安田さん。「サッカーのことはよく分からないです」と謙遜するものの、生徒のプレーについて質問すると、このような答えが返ってきました。
「今季の試合だと、優勝を賭けた首位決戦のバニーズ群馬FCホワイトスターとの試合(2021プレナスなでしこリーグ2部 第13節)が印象に残っています。5-0で圧勝しました。非常に試合の入りが良かったです。左サイドバックの佐々木里緒の働きが良かったです。ディフェンスできっちりと安定したプレーを見せ、攻撃では起点になり、オーバーラップを仕掛けたりして、よく動いていました」

多くの生徒がJFAアカデミー福島から、プロ選手を目指しているので、安田さんは、今のうちに人間性と教養を身につけてほしいと願っています。
「生徒には、スポーツに特化した小論文の課題を出しています。例えば『東京2020のレガシーをどのように評価するか』。情報を整理して、それを前後左右に組み合わせる能力を求めています。思考の整理力を身につけてほしいです」

ロビーには、歴代の生徒から教職員に贈られた感謝のメッセージや学びの記録が展示されていました。

地域の人が親代わりになるようなサポートしてあげたい
JFAアカデミー福島 女子 サポートファミリー 富岡会

裾野市の富岡地区には、選手が通う裾野市立富岡中学校があります。次にご紹介するJFAアカデミー福島 女子 サポートファミリー 富岡会は、遠く親元を離れ寮生活をする選手たちを応援する「地元応援団」。地域、住民(家庭)、学校が、JFAアカデミー福島と連携し、歓迎会・交流会、祭り、試合の応援等を行なっています。

会長の古田多津彦さんは、選手たちを温かく見守り、地域でサポートしてきました。
「全国から子ども達がやって来ます。昨日まで小学校6年生だった子どもたちが親元を離れて富岡に来るのです。地域の人が親代わりになるようなサポートをしてあげたいと考えました。以前に、子どもたちとの顔合わせで『何かやりたいことある?』と私が質問すると、突拍子もなく『餅つきやりたい!!』と叫んだ子どもがいました。スタンボー華ちゃんでした。偶然、直後に餅つきをやる予定があったので『わかった、今度やろう!』と即答したから、きっと驚いたと思います。子どもたちは、みんな嬉しそうに、2週間後に開催した餅つきに参加されていましたよ」

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左:湯川史朗さん、中:古田多津彦さん、右:杉本一之さん (※撮影時にマスクを取りました。)

会計の湯川史朗さんは、1977年に東京・国立競技場に『ペレ サヨナラゲーム イン ジャパン』を見に行ったこともあるサッカーファン。裾野市役所に勤めていたとき、福島県相馬市と「災害時相互応援協定」を結んだ担当者でした。だから、福島県には強い思い入れがあります。
「福島県から地域でお預かりしている選手たちですが、孫たちのように応援させてもらっています。ここを卒業してからも、ずっとサッカーを続けてほしいです」

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第43回富岡地区夏祭り(2018年) 提供:JFAアカデミー福島 女子 サポートファミリー 富岡会

そして、JFAアカデミー福島 女子 サポートファミリー 富岡会の活動拠点となる富岡地区コミュニティセンターのある裾野市富岡支所 市所長の杉本一之さんは「裾野で過ごした6年間を胸に刻んで社会に出てほしい」と言います。

皆さん、JFAアカデミー福島への想いは尽きません。たくさんの思い出が語られていきます。ただ、JFAアカデミー福島は、通常のチームとは異なり育成組織なので、中学生・高校生を卒業すると選手は裾野市を去っていきます。
「結婚式で娘を手放す気持ちが、毎年3月にやって来るんです」
そう語ったときだけは、古田さんの目が少し寂しそうに見えました。

どうしたら生活を楽しんでいただけるか工夫しました
帝人アカデミー富士

帝人アカデミー富士は豊かな自然環境に恵まれた共同人材育成拠点。JFAアカデミー福島の選手が6年間を過ごす「第二の自宅」です。そして、敷地内にはJFAアカデミー福島専用のピッチがあります。

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帝人アカデミー富士のピッチ

ピッチの近くには、選手たちのために整備された寮。ここで生活し、学校(中学生は富岡地区、高校生は三島市)に通います。生活をサポートするスタッフが、常に選手たちの生活に寄り添っています。

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左:尾形郁恵さん、中:久保田久里さん、右:今池由樹子さん (※撮影時にマスクを取りました。)

今池由樹子さんと久保田久里さんは、自分の勤務先がJFAアカデミー福島の移転に伴う共同人材育成拠点に変わると知って驚いたそうです。ここは、帝人アカデミー富士になる以前は富士教育研修所という帝人グループの研修施設でした。

これまでの利用者はグループ企業の従業員。これからはJFAアカデミー福島の選手が加わる......。久保田さん達は、選手に何をしてあげれば良いのだろうと考え、ストレスなく生活してもらうための工夫をしました。
「アカデミー生は親元を離れて生活しています。本来は家庭で行われる行事やパーティ等を帝人アカデミー富士で行うようにしました。どうしたら生活を楽しんでいただけるか、歴代のアカデミー生と一緒に試行錯誤で作っていきました」
今池さんは、こうしたイベントは、スタッフにとっても楽しいものだと言います。
「ハロウィンパーティーやクリスマスパーティーのような大きな交流イベントには、施設の職員も参加します。イベントを通じて選手との距離が縮まりました。遠藤純ちゃんが、JFAアカデミー福島を卒業後も大活躍しているのが嬉しいです。ここにいるときからリーダーシップのある選手でした」
サッカーとの関わりを質問すると「若いときは、ただベッカムの写真集を買っていただけです」と答えた尾形郁恵さんは、この施設で選手をサポートすることで、選手やサッカーが身近になり、競技としてサッカーへの関心が高まったと言います。今では、テレビでサッカー観戦をしています。

所長の吉本隆一さんは、選手の頑張りに脱帽しています。
「選手たちの普段の姿は、制服で学校から帰ってくる中高生ですが、朝早くから夕方まで、雨の日も練習されています。ピッチに入ると雰囲気が変わります。そのギャップに驚きます。選手たちを見ていると、自分も、もっと頑張らなければならないと思いますね。すごい人たちと一緒に、お仕事をさせていただいていると思っています」

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帝人アカデミー富士 所長 吉本隆一さん (※撮影時にマスクを取りました。)

この街には、まるで家族のように選手の暮らしを支えてくれる人たちがいます。皆、選手を「親御さんからお預かりしている」「福島県からお預かりしている」と言います。こんな温かな人たちの支援を受けて、JFAアカデミー福島の選手はプロへ、世界へ、社会人へ、大学へと羽ばたいていきます。

今回はJFAアカデミー福島のホームタウン・静岡県裾野市と三島市の皆さんを訪ねました。

Text by 石井和裕

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