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2023年05月29日

誕生・1部優勝トロフィーとメダル 前編

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スフィーダ世田谷FCが掲げるなでしこリーグ 1部優勝トロフィー

2022プレナスなでしこリーグ1部の最終節でスフィーダ世田谷FCが初優勝。真新しい、なでしこリーグ 1部優勝トロフィーを手にしました。22節を戦い抜いた個性豊かな選手たちは輝くメダルを胸に、満面の笑みで頭上に掲げ、優勝の重みを味わいました。振り返ってみれば、このオリジナルのトロフィーとメダルは新時代を迎えたなでしこリーグに、どうしても必要なものでした。

スフィーダ世田谷FCの初優勝から遡ること約3年前、2019年にJFAは「女子新リーグ設立準備室」を発足し、Jリーグ、なでしこリーグ・クラブと共同で日本の女子サッカーリーグのプロ化を本格的に検討し始めました。WEリーグの参入クラブが発表されたのは2020年10月。そのため、1989年の設立以来30年以上にわたり日本女子サッカー界をけん引してきたなでしこリーグは、時代に合わせて生まれ変わる必要性が生じました。

プロの女子サッカーリーグが存在する新時代に、アマチュアリーグの最高峰に求められる価値はどこにあるのか......なでしこリーグ・クラブの代表者は外部からの声も加え、長期に渡り話し合いを繰り返しました。そして、2022年9月2日に「普及」「地域」「多様性」をキーワードとするなでしこリーグビジョン・ステートメントを発表。今後のリーグ運営の指針を世の中に示しました。その象徴として生まれたのがなでしこリーグ 1部優勝トロフィーとメダルです。この時期のなでしこリーグはロゴマークの刷新、公式テーマソングの導入、選手のオフショット撮影といった新基軸のチャレンジを続々と発表していきました。

なでしこリーグ専務理事の奥田泰久は「なでしこリーグの価値・意味合い・自分たちが目指す姿を新しいトロフィーで伝えたい」と考えていました。そして、そのデザインは「馬渕さんに頼むしかない」と思っていました。

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馬渕明子さん

「馬渕さん」とは、美術史家・日本女子大学名誉教授の馬渕明子さんのことです。国立西洋美術館館長を務めていた馬渕さんは2014年3月にJFAの副会長に就任(女性初)。2015年4月からはなでしこリーグの理事長を務めました。奥田が依頼したときには、すでに2つの役職を退任していましたが、この依頼を快く引き受けました。
サッカーの面白さを質問すると人それぞれ、多様な意見が戻ってきます。馬渕さんは「個性のつながり」に魅力を感じると言います。

「私にとっての一番は、いろいろな形のパスがつながってゴールに至る連携ですね。上手くつながったパスを見るとすごく嬉しい。ああいうプレーは、ピッチの上だけではなく、普段からの人としてのつながりによって生まれてくるのではないかと思え、とても興味を惹かれますね」

馬渕さんに渡された小さなパス(相談)は、スピーディーにつながっていきます。相談を受けたときのことを馬渕さんはこのように振り返ります。

「少しでもサッカー界に貢献できればと思っていましたから、アートとサッカーをつなぐ機会は嬉しかったです。トロフィーをもらう選手も嬉しいだろうし、シンボリックな存在は大事ですね」

馬渕さんは、東京藝術大学美術学部教授を退任したばかりの木戸修さんに相談しました。馬渕さんがJFAの副会長時代に日本サッカー後援会の理事長の松本育夫さんに木戸さんを紹介。木戸さんが日本サッカー後援会 40周年記念・JFA杯のトロフィーを制作したことがあったからです。相談を受けた木戸さんは、すぐに一人の女性のアーティストを推薦しました。木戸さんのかつての教え子だった現代美術のアーティスト・渡辺志桜里さんです。

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馬渕明子さん

2021年4月、馬渕さんは自らが導き出したなでしこリーグの魅力を渡辺さんに話しました。

「なでしこリーグの選手たちはプレーで自分の力を高めていくことが大好きです。『サッカーをすごく大事にしている女の子たちがプレーしているリーグです』と説明しました。女子サッカーのトップクラスを目指す選手も、仕事を辞めて家庭に入る選手も、出産しても仕事を続けながらプレーする選手もいる。まだ、将来をはっきりと決めていない、いろんなタイプの人が集まっているリーグだと思います。自分とサッカーとの関わりを考えていく場所であり、いろいろな選択肢を受け入れてくれる土台です」

馬渕さんは、サッカーに情熱を注ぎ続けています。世界各国に赴き、スタジアムの内外でサッカー文化に触れてきました。JFAから離れた今も、欧州に出向けば、スタジアムやサッカーに関わる人を訪ねます。一方の渡辺さんはサッカー観戦の経験こそあるものの、なでしこリーグのことをほとんど知りませんでした。そのため、馬渕さんのなでしこリーグと選手たちへの強い想いは、女子サッカーへの先入観の少なかった渡辺さんへストレートに伝わったのかもしれません。そして、渡辺さんは打ち合わせをする前から、独特の感性でスポーツを捉えていました。

「負けたことでスポーツ嫌いになる人が多いイメージがあるのですが、スポーツというものは、本来、すごく楽しいもの。皆でスポーツをすることが大事だと思っています」

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なでしこリーグ 1部優勝トロフィーの内側にはナデシコ科の様々な花が描かれている

それから約半年後の10月に、渡辺さんの作成したC Gスケッチが馬渕さんの手元に届きました。そのデザインに、馬渕さんは満足したと言います。

「最も面白いのは一つ一つが違うカタチのメダルですね。そして、選手一人一人が手にするメダルが集まって一つのトロフィーの形になる。選手の個性が表現されていて素敵なアイデアだと思いました。もし『理事会で説明してください』と頼まれたら、私は確実に全ての理事を説得できる自信ありましたね。それくらい素晴らしかった」

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2022プレナスなでしこリーグ1部を制したスフィーダ世田谷FCの選手たち

「コンセプチュアルな作品を制作されているアーティストは物事の成立する理由やつながりをとても深くまで考えていると改めて思いました。なでしこリーグ 1部優勝トロフィーとメダルは、渡辺さんらしい作品になりました。なでしこリーグのコンセプトを理解していただき、しかも、それをとても斬新なトロフィーとメダルのデザインにしていただき、ありがとうございましたと伝えたいです」

なでしこリーグ専務理事の奥田、なでしこリーグの理事長を務めた美術史家の馬渕さん、東京藝術大学美術学部教授だった木戸さん、木戸さんの教え子だった渡辺さんへとつながったパスは、こうして見事なトロフィーとメダルを生み出しゴールしました。では、そのフィニッシュまでのプロセスがどのように行われていったのか......この取り組みをサッカーに例えれば、相手陣のペナルティエリアに侵入したあたりからのお話は、次回にお届けします。

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馬渕明子
1947年神奈川県生まれ。東京大学大学院人文科学研究科修了。日本女子大学名誉教授。専門は西洋美術史。2013年から2021年まで国立西洋美術館長を務める。著書『美のヤヌス―テオフィール・トレと19世紀美術批評』(スカイドア)でサントリー学芸賞、『ジャポニスム 幻想の日本』(ブリュッケ)でジャポニスム学会賞受賞。

木戸修
1950年石川県輪島市に生まれ。1986年より東京藝術大学彫刻科で教鞭をとり、学生の指導育成、数々の研究プロジェクトの企画運営に携わる。主にステンレスを中心とした金属彫刻の可能性を追求し、制作を続けている。レモンガススタジアム平塚の脇に設置された『スパイラル H』をはじめ、全国の公共施設、美術館などに作品が設置収蔵されている。

▼後編はこちら

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